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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)523号 判決

控訴人 甲野春子

右訴訟代理人弁護士 高橋保治

同 當山泰雄

被控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 山田裕明

同 田口哲朗

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、当審における新たな証拠について当審記録中の証拠関係目録の記載を引用する旨付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目裏九行目及び一〇行目の各「亡太一」をいずれも「亡太郎」と改める。)。

理由

一  《証拠省略》によれば、戸籍の記載上、控訴人は亡太郎と被控訴人の間に昭和一一年三月三日出生した嫡出子とされていることが認められるところ、被控訴人は、亡太郎及び被控訴人と控訴人の間にいずれも親子関係が存在しないことの確認を求めるのである。

戸籍上嫡出関係にある父母と子の間にあっても、その法律上の親子関係は父子関係と母子関係それぞれ別個に存在するものであるから、本件のように嫡出関係にある親子関係の不存在確認を求める訴えにおいても、父子関係及び母子関係の不存在はそれぞれ個別に確認の対象となり、この場合、父子関係と母子関係の各不存在は合一に確定する必要がないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五六年六月一八日判決、民集三五巻四号七九一頁参照)。したがって、当事者適格及び訴えの利益についても各別に検討されるべきであるので、まず被控訴人と控訴人との間の母子関係についてみると、被控訴人は戸籍上控訴人の母とされる母子関係の直接の当事者であり、右両者間に母子関係の存否について争いがあることも《証拠省略》により認められるから、被控訴人が右母子関係の不存在確認を求める適格を有し、それについて確認の利益があることは明らかである。次に、亡太郎と控訴人間の父子関係不存在確認請求についてみると、嫡出親子関係にあっても父子関係と母子関係を別個の法律関係と解する以上、被控訴人は、右父子関係については第三者の立場にあるものというべきことになり、しかも確認の対象となる父子関係は亡太郎が死亡したことにより現存しないわけであるが、このように死亡した父と生存する子との間の父子関係も、その存否が紛争となることにより現在の関係者の身分関係又は法律関係に不安ないし危険が生じ、これを抜本的に解決するために父子関係の存否を確定することが最も有効適切であると認められる場合には、右のような身分関係ないし法律関係の当事者である第三者は、右の父子関係の存否確認を求めることができ、その場合、生存する子だけを訴えの相手方とすれば足りるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年七月一五日判決、民集二四巻七号八六一頁及び同裁判所昭和五六年一〇月一日判決、民集三五巻七号一一一三頁参照)。そして、《証拠省略》によれば、亡太郎死亡時までに、亡太郎夫婦は、土地三筆、建物数棟などの資産を形成していたが、これらの土地全部及び建物のいくつかは被控訴人の所有名義にされているところ、控訴人及びその夫である春夫(亡太郎夫婦の養子)は、右不動産は真実は亡太郎の所有であって控訴人らも相続分を有する等と主張して、後記のように被控訴人を債務者とする処分禁止仮処分決定を得てこれを執行し、現にその紛争が継続していることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないので、亡太郎と控訴人間の父子関係が存在しないことを確定することは、右紛争との関連において少なくとも相続人の範囲を決定し、これによって紛争を解決することに資するものということができる。のみならず、被控訴人は、控訴人との間の母子関係の不存在が確定されたとしても、なお戸籍上控訴人との間に姻族一親等という近い親族関係にあることになるから、このような身分関係の真実を明らかにし、戸籍の記載を真実の身分関係に適合するように訂正し、更には、姻族一親等関係の存否が不確定であることに伴なう諸般の身分上及び法律上の不安を除去する必要もあるということができる。したがって、被控訴人は、亡太郎と控訴人間の親子関係不存在確認を求める訴えの利益をも有するというべきである。

二  そこで、控訴人が亡太郎及び被控訴人の間に生まれた子であるかどうかを検討すべきところ、この点に関する当裁判所の判断は、原判決五枚目表三行目冒頭から同六枚目表五行目末尾までの理由説示と同じであるから、これを引用する(《証拠付加・訂正省略》)。

三  控訴人は、本件嫡出子出生届に養子縁組としての効力を認めるべきであると主張するが、右引用して判示したように、右出生届は昭和一一年三月一二日亡太郎によってなされたものであるところ、右届出当時の民法八四七条、七七五条によれば、養子縁組は法定の届出によって効力を生ずべき要式行為であり、他人の子を嫡出子として出生届をしても右出生届をもって養子縁組届とみなし有効に養子縁組が成立したものとすることは許されないと解すべきである(最高裁判所昭和五〇年四月八日判決、民集二九巻四号四〇一頁参照)。したがって、右主張は採用することができない。

四  次に、控訴人は、権利濫用の主張をするので検討するに、右主張に対する当裁判所の判断は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決八枚目表一行目冒頭から同一二枚目表一行目末尾までと同じであるから、これを引用する。

1  原判決八枚目一行目の「二号証」の次に「乙第二号証」を、三行目括弧内の冒頭に「原審、当審。但し、」をそれぞれ加え、五行目の「第二号証、」を削り、五行目の「六七」を「八〇」と改め、同裏八行目の「届出をなし、同日」を「届出をなしたが、同日、右届出前に、」と改める。

2  同一〇枚目表三行目の「売却したがって」を「売却して養老院に入ろうとして」と、同裏二行目の「七日」を「二七日」と、一一行目の「一回位しか」を「あまり」とそれぞれ改める。

3  同一一枚目表一行目の「こなかった」の次に「(但し、これは被控訴人が入院の事実を連絡しなかったことも原因である。)」を、八行目の「甲野春夫」の次に「(原審・当審)」をそれぞれ加え、同裏九行目から一〇行目にかけての「あるもの」を「あたるもの」と改め、一一行目末尾に続けて、次のとおり加える。

「もっとも、《証拠省略》によれば、被控訴人は、亡太郎死亡後間もなくから控訴人は被控訴人夫婦の子ではないというようになったものの、前記調停事件においてはこのような主張をせず、かえって、前記のように双互に健全な親族共同関係を築くことに努めることを約し、控訴人夫婦から扶養料等の支払いを受けることをも約束していることが認められるのであるから、その後再び親子関係不存在の主張をすることは、信義に反する面があることを否定しえない。しかし、右各証拠によれば、右調停は、控訴人夫婦が前記仮処分を執行したことに引続き控訴人らの側から主としてその事後措置として申立てられたものであって、右仮処分のため、被控訴人は老後の生活設計の資とすべき不動産売却代金を得られない状態に置かれたなかで合意されたものである上、控訴人夫婦が医療費等の基金を約束どおり支払っている間は被控訴人は仮処分決定に対し異議を申立てない旨の合意もされていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はないところ、本件の全証拠によっても、仮処分が正当な理由に基づくものであると認めることはできないのである。右のような調停当時の被控訴人の立場と調停の経緯、全体的な内容及び少なくとも訴外春夫は被控訴人の養子であって扶養義務を負うべき親族関係にあったものであることからすれば、調停成立の事実は、権利濫用の判断に際しては被控訴人に不利な状況として重視するのは相当でないというべきである。」

五  以上によれば、被控訴人の請求はいずれも理由があるので、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。よって、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 豊島利夫 加藤英継)

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